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FF11に関する私的ブログですが閲覧・コメント歓迎です。
パン鯖の時は Astel でした。

<<プレイ期間>>
[第1期] 2004年3月~2013年4月
[第2期] 2014年9月~2015年4月
[第3期] 2019年2月~ 現在

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Tomorrow Never Dies

FF11の私的なプレイ日記

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というわけでいよいよ最終回となります。

時期としては第2期プレイの2014年9月~2015年4月となります。

ただ、この時期って前回の「FF11個人史を振り返る⑧」までの期間と比べると、残っている記録が極端に少ないのですな。

まず、UchinoBlogに記事が1つも無いのです。これはFF11の存在を思い出したものの、UchinoBlogの存在までは思い出せなかったからだと思われます。

そしてScreenShot(SS)もそんなに撮っていませんでした。そこまで重要な場面がなかったからなのか、単に撮り忘れかは謎ですが、とにかくプレイに関するそういった記録が無かったり、少なかったりするので記憶頼りの話になってきます。


●2014年9月10日
ウェルカムバックキャンペーンで復帰>

これは日にちを特定することができました。ログ取得ソフトが自動で機能し続けていたのでファイルとして日付が残っていたのですな。ウェルカムバックキャンペーンに気づいた理由はスクウェア・エニックスからのEmailでのお知らせだった気がします。

普段だと目を通さずにフィルタリングで自動的にフォルダに振り分けされるだけなのですが、たまたまEmailソフトの見直しをしていた時にこのお知らせメールが目に留まり、FF11の存在を思い出すとともに無料ならばまず入ってみようと思ったのですな。

そしてそのまま第2期プレイとして再開したわけであります。

ただ、再開して間もなく私自身に激震が走ります。金策LSの面々のほぼ9割近くがFF11から去っていることを知りました。具体的に言うと、リーダー以外は2~3人しか残っていませんでした。フルアライアンス規模の人数・キャラクターがいたLSだというのに、私が不在の1年半で何があったというのか・・・。

ついでに言うと、もともと少人数で私しかいない時間が多かったホームLSからも完全に人が居なくなっていました。

それらのLSとは別に、金策LSやホームLSとは別にパールをもらっていた裏LSを母体としていたもう1つのたホームLSには友達含めて人が残っていたのでそのパールをメインに付けてプレイすることにしました。これは本当に幸いなことでした。このLSまで人が居なかったら第2期プレイをしていたかどうかすら怪しいです。



●2014年9月のどこか
<ワープ開放を全面支援してもらえました>

2021年3月現在においても、長期間の休止から復帰したプレイヤーの大半が経験するであろう「ワープ開通の儀」が私にも該当したのですな。FF11用語辞典大先生のHome Point(HP)の項目を読むとHPによるワープ機能が実装されたのは2013年12月11日のバージョンアップだったそうで、まさに課金を止めていた期間ドンピシャの時期に実装されていました。

また、このHPワープだけでなくウェイポイントも全てが未開通という状況でした。このため、本来なら相当「ワープ開通の儀」で苦労するはずだったのですが、復帰したての私に/tellをくれたお友達がいました。その方はIorineさんという方で、パンデモニウム時代はIoriさんというキャラクター名だったと思います。

彼(もしくは彼女)は、私が2009年末から2010年1月にかけて野良で開催していたデュナミスに何回か参加してくれた方で、その後、偶然町でお会いした際に話し込んでフレンド登録していた方で、ちょくちょく雑談する仲だったんですな。

彼曰く、私の開催した野良でのデュナミスが初めての裏への参加だったらしく、その割にスムーズに攻略できて楽しかったので話しかけてくれたところ意気投合した感じだったのです。そして、私が復帰したところをフレンドリストで気づいて/tellをくれた次第でした。

私は復帰の経緯や、復帰後の周囲の状況を話したところ、まずはワープを開放しましょう!ということを提案してくれて、アドゥリン全エリアのHPワープウェイポイント開通の案内役を買って出てくれたのです。

彼は、昔お世話になったお返しがしたいのだと言ってくれました。

嬉しくて涙が出そうになりました。

というわけで、第2期プレイの第1歩であたる「ワープ開通の儀」は滞りなく、最短で終えることが出来たのでした。本当にありがたいことでありました!



●2014年9月のどこか
<所持していた武器のIL119化を完了>

実装時期は不明ですが、レリックウェポンミシックウェポンエンピリアンウェポンのIL119化の強化が実装されていたのですな。私の持っていたアポカリプス<リベレーターウルスラグナも強化でIL119にすることが出来ると知り、すぐに強化を完了しました。

この頃に知ったのですが、拡張データディスク の発売後、約1か月か2か月後に次々と実装されたメナスインスペクターなどで得られるユニクロ装備的な武器群を前に、レリックウェポンミシックウェポンエンピリアンウェポンがゴミのような存在と化した時期があり、それに落胆したプレイヤーの多くがFF11から離れることになったらしいのですな。

俗にアドゥリンショックというらしい?です。私は偶然ながらこれが発生する直前にFF11から別の理由で離れていたので、このショックを経験せずに済んだのですな。経験していたらどういう行動に出ていたかは謎です。

ともあれ、そんな事情も知らないまま強化したばかりのリベレーターを手に、当時のLSで固定活動として行われていたインカージョンにもアタッカー専門として参加させてもらえることになった訳であります。

リベレーターを作成した2013年の1月は、当時まだ機能していた金策LSでレギオンADL(Arch Dynamis Lord)狩りが行われていたので、リベレーターを出す機会があるにはあったのですが、全体装備のやマクロ・動きの調整が未完成という事を理由にあまり、リベレーターで出撃していなかったのですね。

つまり、せっかく作った割にあまり使いこまずにいたのですが、この時にIL119化したリベレーターは、当時ホームLSが主体となって開催されていたインカージョンという最前線コンテンツでアタッカーとして採用されることになり、活躍の場が存分に与えられることになりました。これにより第2期プレイは出だしから楽しくプレイできる環境に恵まれたのでした。

他にもメナスインスペクターも参加できました!
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●2014年11月のどこか
アドゥリンミッションをコンプリート>

復帰してすぐに着手し始めたことの1つにアドゥリンミッションがあります。クエスト・ミッション好きな私がやらないはずはないのであります。ちょうど復帰から2か月程のこの頃にあった2014年11月10日のバージョンアップアドゥリンミッションが完結したのですな。

ほんと、ちょうどいい時期に復帰できたと思います。

集中プレイにより一気にアドゥリンミッションをコンプリートさせたわけであります。



●2014年11月21日
オルンミラトルクが2つ同時にドロップ>

RaExハンターとしての腕は健在でした
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ちなみにこれが挑戦1回目でした。伊達に物欲センサー回避スキルが青字ではないのです。



●2014年11月24日
モグタブレットを発見>

丁度タブレットが飛んでいく瞬間を激写
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この頃からタラリアを求めてモグタブレットを積極的に探しに行くようになりました。



●2014年末頃
<とあるビッグプロジェクトを開始>

前述のように、私はアドゥリンショックを受けずに済み、その直前まで属していた金策LSで稼いだギルをほぼ温存したたままFF11の課金を止めていました。そして復帰したわけですが、すでにアドゥリンのコンテンツ群は成熟に入っており、エピオラトリーイドリスも実装済みでした。

その一方で、魔導剣士ジョブとしてまだまだ未完成で発展途上の状態だったようでジョブは俗にイーハンと呼ばれるイージスオハンの両方のを持ち、かつブルトガングを持っているナイトが圧倒的に優勢でした。

そしてレベルの高いコンテンツで快適に遊ぶにはこのジョブがあった方が良いと悟ったのですな。それでいて、これまでそうしてきたように新しく出た拡張データディスクで実装された新ジョブは最低1つはきちんと育てて遊びたいという思いがありました。

「ジラートの幻影」においては忍者を、「アトルガンの秘宝」がにおいては青魔道士を、そして「アルタナの神兵」においては学者を上げてしっかりとそのジョブで遊びました。

そういった背景やプレイ方針があり、この頃にとあるビッグプロジェクトをスタートさせたのです。

それはナイトのためにイージスオハン、そしてブルトガングの3つを作成し、さらに2垢のジャック用にヤグルシュを作成するというものでした。さらにさらにエピオラトリーイドリスの両方も作成するという計画でした。当時、これだけのことを可能とするだけのギルを所持していたのですな。

当然、ワークスコールは全くの未着手からのスタートでレジェンドと全ワークスコールのコンプリートを目指し始める必要があり、すぐにこれを着手しました。

またギルさえあれば容易に完成できるイージスを作成し、レベル99まで強化を終えました。同時にオハンを作成するために鋼鉄の鎧板集めを開始したのでした。

このビッグプロジェクトは順調に進んでいたのですが、進行途中で第2期プレイを終えざる絵を得ない状況となり、プロジェクトは第3期プレイに引き継がれることとなったのです。ちなみにその引き継ぎの際にナイトに関わる部分はほぼ停止ということになりました。2021年3月現在の情報でいうと、オハンは出番がないと判断し作成は諦めました。そしてブルトガングは作ったもののLv75のまま未強化で止めているという状況です。

結果的にですが、無駄なことは最小限に抑えつつ第3期プレイにおいてこのビッグプロジェクトがいちおう完結し、それがさらなる飛躍のきっかけとなってくれたので大成功だったといえるでしょう。



●2015年1月10日
Arch Dynamis Lordシーフソロで狩れるようになる>

2個ドロップでまいうー!って感じで何回かやってました
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●2015年1月26日
<前衛装備を一通り集め終わりました>

この第2期プレイ中は主に暗黒騎士に力を入れていて、その最終装備品の中でメスヨヒホーバーが候補の1つだったのですが、これがドロップする上位ミッションバトルフィールド「★デルクフの塔再び」は当時なかなかの難易度を誇っていてので取るまでに苦労したのですな。

取得に成功した姿がこれであります
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今見るとセンスを疑う姿ですが、当時はロックスタイル機能をよく理解しておらず使いこなしてもいなかったのでありのままの姿でいた結果がこれだったわけです。



●2015年5月14日
<第2期プレイを終了して再び課金を停止>

FF11シリーズ完結の最終ミッションと呼ばれるヴァナ・ディールの星唄の最初の実装が行われた日でした。私はこれのオープニングを見た時、「アルタナの神兵」が完結するまでに約3年の月日が必要だった事実を思い出しました。

さすがに長期間すぎて物語の内容を忘れがちな状況で追加された部分をその都度終わらせていたあの日々のことを思い出したわけです。ちょうどリアルも忙しくなってしまったため、いったん課金を停止して、このヴァナ・ディールの星唄が完結した頃に課金を再開して一気にクリアしようと企んだのですな。

賢い企みだと思うのですが、なんとまたFF11の存在を忘れ続けて思い出すことなく月日は流れ、実際に第3期プレイとして再開できたのは課金停止から約4年後の2019年2月、ヴァナ・ディールの星唄が完結編が実装されたのは2015年11月10日のバージョンアップだったらしいのでそれから約3年と3か月後になって復帰したわけであります。

というか、実装から半年ほどで完結させてくれていたのですね。そうと知っていれば課金停止はしなかったと思います。

(;´Д`)

そして私の物語は「[第3期] 復帰日記」の初投稿である2019年2月2日の投稿「 復帰しました」へとつながっていくわけであります。

以上、長々と続いたFF11個人史の振り返りでした!



2021/03/28 (日) / 14:06








前回にて2011年4月下旬に完成したウルスラグナ(Lv90)までの振り返りが終わりました。この丁度2年後の2013年4月末頃にいったんFF11から離れることになり、第1期プレイとして区切りがつくことになるのでそこまでを振り返ってみたいと思います。

●2011年6月25日
エインヘリヤルLSの活動が終了>

はっちん(Hatu)からLSの運営を任されていたエインヘリヤルLSの活動が終了しました。記録に残っていないので正確な設立時期は不明ですが、おそらく2008年の6月には活動を開始していたはずなので約3年間の活動でした。最後まで残ってくれたメンバー全員で記念のSreenShot(SS)を撮って終わりとなりました。

未だ現役のプレイヤーはモザイクを入れております
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●2011年月9月20日
<レベル上限突破クエストにてあのNPCと再会>

この日はバージョンアップでした。内容は用語辞典先生の「2011年9月20日のバージョンアップ」にある通りなのですが、その中にレベル上限が90から95への引き上げがありまして、限界突破クエスト「東方の秘術!」も実装されたのですな。

このクエストで Atori-Tutori というNPCが登場するのですが、このNPC、実は黒帯を取得する際のクエスト「武に賭けた想い」で関わることになるのです。このクエストをコンプリートしているとその時にこのNPCと関わっていた事実をしっかりとこの限界突破クエスト「東方の秘術!」に反映してくれていて、特別のお言葉を聞くことができました。

再会を覚えてくれていて素直に嬉しかった!
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このようにストーリー性をしっかりと作っていてくれるところはFF11の素晴らしい点だと思います。



●2011年9月25日
<サンドリアの全ミッションをクリア>

出生国はウィンダスな私ですが、ウィンダスの全ミッションをクリアした後は移動の利便性を求めてバストゥークに移籍して、そこでも全ミッションをクリアしていました。さらにジラートの幻影などの拡張版のミッションも全てクリアしていたのですが、3国ミッションはこのサンドリアだけ未クリアだったのですな。

そこで移籍して一気にクリアしてしまおうと思いまして、ついに最後のランク10のミッションをクリアしたのがこの日でした。この事は当時のUchinoBlogにも下記の記事として投稿されておりました。
サンドリアMクリア

この記事でも言及していますが、これらの3国はアルタナの神兵における過去三国クエストにも通じる各国の性格が表れている感じです。

詳細は上記の記事参照ということにしておきます。



●2012年2月19日
ウルスラグナ(Lv95)への強化が完了>

実装されたのが2011年9月20日のバージョンアップですから、それに遅れること約5か月での達成でした。

ヘヴィメタル1500個の納品直後
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時間がかかった理由はギルの不足ではなく、単純にヘヴィメタルの絶対数が少なく、買い取りに時間がかかったというのが大きかった気がします。



●2012年2月頃
<白魔法オーラに注目し始めました>

この頃は、2011年9月20日のバージョンアップで実装された学者専用の白魔法であるオーラに注目し始めていました。というのも、2011年12月15日のバージョンアップで追加されたアンブラルマロウというアイテムがあったのですが、これはレリックウェポンをLv95からLv99に強化する際に5個必要だったのですな。

ドロップするのはデュナミス-ザルカバードArch Dynamis Lord(ADL)で、これを如何にして安定して数多くを狩れるかが当時所属していた金策LSでの課題となっていました。

オーラはそれを解決する最も有力な方法の1つでした。詳細は用語辞典先生のオーラの「仕様変更について」の部分を参照してもらうとして、とにかくこの当時では破壊的な力をもたらす神魔法だったのですな。

ただ1つ問題というか難題があって、学者がレベル99かつ両手の部位以外で強化魔法スキルが500に達していないと最高性能を引き出せないという点でした。この条件を満たせるキャラクターを持っているプレイヤーは金策LS内には1人もおりませんでした。

最も近い位置にいたのが私の2垢ジャックで、その強化魔法スキルは484でした。この後、約1か月をかけてこのジャックの学者を仕上げてついにSVブレーサー+2を装備した状態での令狸執鼠の章を発動した状態で強化魔法スキル500以上になる装備品を揃えることができ、金策LSにおけるADL狩りで大いに役立ってくれました。

その頃のUchinoBlogの記事として下記が投稿されておりました。
学者のオーラ

この白魔法オーラは、後に新ナイズルという通称で実装されたナイズル島未開領域踏査指令でもフルに活用されることになります。



●2012年3月頃
Arch Dynamis Lord(ADL)狩りの金策化に成功>

前述の経緯があり、アンブラルマロウを積極的に販売して金策にしようという企画が立ち上がり、実際に安定してADLを数多く狩れるようになって金策化に成功しだしたのがこの頃でした。以後、約1年ほどこの金策は続くこととなり、2021年2月現在の私の生涯で稼いだギルの半分か3分の1ぐらいはこの1年で稼いだ気がします。

当時の金策LSのトップアタッカー達(の一部)
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●2012年3月7日
ウルスラグナ(Lv99)への強化が完了>

2012年2月14日のバージョンアップで追加されたウルスラグナ(Lv99)への強化が完了しました。といっても、さすがにアフターグロウなしの方でしたが。

見ての通りスカンピンになりましたが完成
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実装から約3週間での強化完了ですから、かなり早い部類だったと思います。少なくともAsuraワールドでは他に所持していたプレイヤーは見かけませんでした。リフトシンダーを自力で取得したり、現地で買い取りするためにVW(ヴォイドウォーカー)Botulus Rexを野良で何度も開催したりしておりました。その甲斐あってか、全所持ギルと引き換えに達成は割と早かったと思う次第です。



●2012年4月~5月頃
<新ナイズルを固定で開始>

新ナイズルという通称で実装されたナイズル島未開領域踏査指令の最高峰の報酬であるタウマス装束などを得るために当時所属していた金策LS内で固定PTが発足し、それに参加したのですな。

この新ナイズル、世間ではすこぶる評判が悪かったようですが、適正ジョブと適正武器の両方を持っていた身としては、パーティ6人全員の全力で攻撃だ!!で何とかクリアできる絶妙なバランスのゲームで割と楽しかったです。

ここで言う適正ジョブとは、前衛で言うと移動速度アップ効果のある真龍脚を装備できることが条件の1つでした。(当時は)真龍脚を装備できるジョブであればパウダーブーツも装備できたので、このパウダーブーツを常時使えるように複数個を用意しておくのも条件の1つだったのですな。

暗黒騎士はこの条件をクリアしていましたし、この暗黒騎士が装備できた当時のトワイライトサイズは通常攻撃が常時無属性でした。これは新ナイズルの一部モンスター(黄色プリン)を倒すのに最も有効な武器でした。

さらに!

アポカリプスを持っていた場合は単独行動でマップの隅々を走り回る事が前提の新ナイズルではとても有利でした。固有WSのカタストロフィで自己回復が可能だったからです。

そして後衛で適性のあるジョブと言うと、SVブレーサー+2を装備して令狸執鼠の章を発動した状態における強化魔法スキルが500以上になる学者のみが該当しました。

私はこれらの適正ジョブと適正武器の全てを持っていました。
(全くの偶然ですが)

なので新ナイズルを思う存分楽しむことができたのですな。

ちなみにこれが適正ジョブの正装でした。
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当時の被ダメージ-(マイナス)装備をかき集めるとこのような姿になるのでした。



●2012年5月29日
スターオニオンズ団の団長と並び立った!>

スターオニオンズ団呼ばれるNPCの団体がおり、彼らがたむろってる場所があるのですが、その団長が立っている場所に上ることができると特別なセリフが聞けるのですな。

ただそれだけのSSです。
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ちなみに飛空艇の欄干など、通常の移動では登れない箇所をポリゴンの歪みか何かを利用して乗り上がることが可能だったりする箇所が存在します。これを利用して小物の上に乗ったSSを投稿するツイッターのタグ
#すべてのヴァナディールの小物の上に登れ
というものも存在するぐらいです。



●2012年6月24日
<ヴァナ☆フェス2012に行ってきました>

そう、この公式イベントに参加していたのですな。それも1人で。当時のUchinoBlogに下記の記事が投稿されていました。
ヴァナフェス2012

一緒に行く人がいたらそれはそれで楽しかったと思いますが、今読み返したり、当時撮ってきた写真を見る限り十分楽しんでいたようですのでこれはこれで良かったと思います。



●2012年8月頃
<金策LSでレギオンの攻略が本格的に開始>

この頃になるとLSの戦力が整ってきて2012年3月27日のバージョンアップにて導入されたコンテンツレギオンを攻略できるようになっていました。

そして天衡の間アレイズメテオの魔法スクロールを大量に仕入れることができるようになったのですな。これが当時はかなりの高値で売れたのですが、天衡の間というのは30分制限の中で際限なく敵を倒し続けることで第何陣までたどり着けるかというスコアアタックの要素もありましたので、フルアライアンスの全力で攻撃だ!!が必要なコンテンツでした。

この2か月後の10月になると天衡の間の第7陣2匹目まで出現させることができるようになったようで、当時のUchinoBlogとして下記の記事が投稿されていました。
【レギオン】天衡の間 7-1 クリア

最終的には9-2(第9陣の2匹目)まで行けた気がします。

実を言うと、このレギオンというコンテンツが非常に好きでした。アライアンスメンバーの全員が一致団結して全力を振り絞る必要があり、それがスコアという形になって表れて、しかもそれが金策にもなったからです。アンブラルマロウ取りも似たような要素がありました。1回の突入で15個とかのドロップを得て、1個20~30Mで売っていた気がします。



●2012年9月2日
モグハウス内に理想の革細工店を設置>

革細工カウンター革工サインボード黄金の羊の毛皮、それにハイドストレッチャの4つを手に入れることに成功したため、かねてより考えていたデザインで配置してみたのですな。

応援の実用性は無視しています。
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この配置は非常に気に入っているため、2021年2月現在もこの状態を保っています。



●2012年9月29日
<色々なフィギュアを撮影>

何故かわかりませんがフィギュアを飾ってSSを撮りまくっていたようです。拡大してみてもかなり精緻に作られているように見えます。

良く撮れていた3枚のみ。
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改めてじっくり見たくなります。



●2012年9月頃
<初のミシック作成を決意>

この頃になると非常にギルを持て余すようになっており、ギルがカンストに達する前に使おうということで初のミシックを作成することを決意したのですな。なんとも後ろ向きな理由でしたが、この目標のためにまず着手したのがクエスト「盗まれた皇宮の宝」で出される課題のうち、唯一未クリアだったMedusaの討伐でした。

この頃になると、プレイヤー側のレベル上限が99になったためビシージで蛮王が倒されてしまうことが多く、その場合は敵の本拠地で蛮王が不在という事態も頻発していました。この時のMedusaがまさにその状態で、何度か存在を確認しにいってようやく10月21日になって出会うことができました。同じ立場のプレイヤーも多くいたのでその場でパーティを組んでの討伐となりました。

これだけいれば勝利は確実!
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3つ目のSSにある英語では、「彼は9日間ここにいたけどやっと離れることができるね、おめでとう。」的なことを言っているのですな。それだけ遭遇するのが当時は難しかったのです。その当時の苦労はUchinoBlogに下記の記事として投稿されていました。
称号:ゴーゴンストーンサンダラー



●2013年1月6日
ミーブル・バローズの最終ボスを撃破>

金策LS内の有志で固定を組んでいたミーブル・バローズの最終ボスの2体のうちの1つである破級プログラム(ソロムグ原野)をクリアすることに成功しました。もう1体の破級プログラム(バタリア丘陵)のクリアも同時期だったと思われます。

初のイェズターグ族であるUmagrhkが最終ボスでした。
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ミーブル・バローズはこの後も、2垢のジャックでもクリアさせるべく2垢持ちの有志3人が集まって3人6キャラでさらにもう1周することになります。HAIJINに休む暇はないのです。



●2013年1月13日
リベレーター(Lv75)が完成>

シンプルにSSのみ!
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●2013年1月19日
リベレーター(Lv99)が完成>

レベル75のリベレーターの作成から1週間弱でマルシバースコリアの納品を終えて無事にリベレーター(Lv99)が完成しました。

それでもなお、かなりの所持ギルがありました。
2013_01_19_002219.jpg

この当時のことはUchinoBlogにも下記の記事として投稿がありました。
リベレーター99



●2013年2月21日
守りの指輪をゲット>

この日から遡ること1年とちょっと前の2011年5月10日のバージョンアップにて、キングベヒーモスはトリガーポップに変更されたのですが、ドロップ率は低いままだったのですぐには取りに行かなかったのですな。

ただ、リベレーターも無事に完成して資金に余裕ができたことから、わざわざトレジャーハンターのためにシーフをしっかり準備してキングベヒーモスの連戦に挑んだところ、1戦目であっさりとドロップしてくれました。

あっさりしすぎて感動も特になし
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この事はUchinoBlogにも下記の記事として投稿がありました。
守りの指輪

ちなみに2021年2月現在でこそ、守りの指輪のドロップ率はトレジャーハンターの有無によらず固定値という「噂」があるのは知っていますが、この当時はそのような「噂」のかけらもなかったのでシーフで臨んでいた次第です。



●2013年3月25日
<初のギルのカンストが目前になりました>

金策LSでの儲けが順調だった結果、この日ついに所持ギルがカウントストップ直前の9億5517万7725ギルにまで達しました。

記念に思わずSSを撮っていました。
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ただ、この3日後の2013年3月28日から拡張データディスク「アドゥリンの魔境」が実装されたこともあり、金策LS内における主だった金策活動もいったん休止状態になり、これ以上ギルが増えることもなくなったまま、第1期プレイを終えることになるのは約1か月後のことです。



●2013年4月頃
<FF11の第1期プレイを終了>

「アドゥリンの魔境」のサービスが開始された3月28日にモリマー台地で撮影した下記のSSを最後に第1期プレイを終了したのですな。

コピペした地形ですか・・・?
2013_03_28_203039.jpg

同日にUchinoBlogにも下記の記事が投稿されていました。
モリマー台地

拡張データディスクの中身の薄さに落胆してしまったというのもありますが、実はこの頃リアルでの仕事が非常に忙しくなってしまったので、ギルもたくさんあることだしこれは温存したまま「アドゥリンの魔境」のミッションやコンテンツがある程度実装されるまでFF11の課金を停止することにしたのですな。

ただ、課金を止めると再開することを思いつかなくなってしまい、そのまま第1期プレイの終了という形でいったん終えることになった次第です。結果的にこの行動が私にとっては非常に良い選択肢だったことが第2期プレイや第3期プレイで判明することになるのは後の話です。
(続く)



2021/02/19 (金) / 14:04








前回まででアポカリプスの完成までの振り返りが終わり、そろそろエンドロールが流れてもおかしくないところでしたが、実のところ私の個人史はまだまだ続くのでした。

●2010年1月下旬
<野良でボスディンを開催>

2垢をデュナミス-ザルカバードに連れて行けるようにクリアコースでの開催でしたが、自身が作った裏LSでさんざんやったことなので問題なく達成。この後もどんどん2垢キャラを充実させて愛を注ぎこんでゆくことになります。



●2010年1月下旬
<とある帝龍BC金策LSに加入>

時を遡ることこの2~3か月前に相棒とも相方とも言える存在をなくし、そしてアポカリプスを完成させてしまった私は、まだまだやる気があったものの停滞感を味わっていました.

アポカリプスがあってもアポ暗としての装備でまだ不足していたものがあり、それを取得する必要があったからです。具体的には下記の2点が不足していました。
ジャスティストルク
暗黒の耳
トルクは自力で野良開催するとしてもドロップ運に左右されます。耳は取り直しになるので神威の再戦が必要で、開催者が見当たらなければこれも自身で開催しなければなりません。

つまり、いずれもすぐにどうにかできるようなことでもなかったので安穏として停滞していたのですな。装備が不完全であることを理由に武器メリポを両手鎌を4振りから8振りに振りなおすのを先お送りにしていたぐらいです。

それよりも心機一転で何かやることがないか考えていたものの、良い考えは出ず、代わりにサーチコメントで何か募集がないか探す日々でありました。

そこに帝龍BC、正式にはBF「帝龍降臨」のことですが、これを金策として専門に行うLSのメンバー公募がサーチコメントでヒットしたのですな。

幸い黒魔道士もできるし帝龍BCの経験がありましたから、アポ暗の不足装備の準備を進める傍ら、ちょっとした気分紛らわしに丁度良いだろうと思いそのLSに加入を希望したのですな。軽い気持ちからの行動でしたが、これがFF11個人史において非常に大きな転機になりました。

この金策LSは、当時のPandemoniumuワールド内でも屈指の金額を稼いでいたLSであり、かつミシックウェポン所有者を複数抱えているという最前線中の最前線にあるようなLSだったのですな。

この翌年ぐらいの話になりますが、ヴァナ・ディール国勢調査の [リンクシェルで所持しているミシックウェポンの個数] の項目で全ワールド1位の7つを達成したLSでもありました。

当時2011年のヴァナ・ディール国勢調査結果の下記ページに個数7個、Asuraでメンバー23名を抱えているLSがそれです。
http://www.playonline.com/ff11/guide/development/census/10/8.html



●2010年2月上旬
マートキャップの取得を決意>

一時的に3垢を操れる環境になりまして、当時一部で流行っていたMMMアスフロを利用したレベル上げでマートキャップを取得することを決心したのですな。

マートキャップアポ暗用のWS装備としても申し分がないものでしたし、せっかく地霊胴HQまで装備させているのだからとことん装備を突き詰めようという事にしたのですね。

ちなみにアポカリプスを完成させて以降、結局メリポPTで使ったことは1度もありませんでした。何というか、すでに結果が分かり切っていたのであえてメリポPTで確認しなくてもよいかなという思いがあったのですな。どういうことかというと、モンクサポ戦士で専門の外部ケアル付きという状況でアポ暗と何度も組んでメリポPTをしていたので、どの程度強いかはもうデータが出そろっていました。

なのでメリポPTに興味が沸かず、結局メリポPTでは一度も使わずにレベル75時代を終えることになりました。もともと芸術作品みたいな意識でアポ暗を完成させたいという思いが強かったので、使わずとも満足していたのであります。

そういう訳で、レベル75時代にはまったくアポカリプスを使わなかったものの、後年になってがっつり出番が与えられることになるのですが、それはまた別の話として書こうと思います。



●2010年2月14日
Pandemonium Wardenを初討伐>

前述の帝龍BC金策LSに属していたおかげで、なんとPandemonium Warden(ぱんでもにうむ うぉーでん)を初討伐することに成功しました。主体が帝龍BC金策LSでリーダーのリンさんが当時のレリック武器持ちを結集して討伐を企画してくれたのですな。

彼らにとっては初めてではないらしく、非常に洗練された戦術と実行力で見事に討伐できたのでした。しかも自分自身はアポ暗での参加でした。命中力の高く、かつ火力の高い前衛が何人も必要だったのですな。

背を向けているのは作戦の一部です。
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軽い気持ちで参加した金策LSでこのように楽しいイベントに出会えるとは全く予想していませんでしたし、リンさんのLSにはその後も第1期プレイを終了するまでの間はずっとその活動で参加することとなり、非常に楽しい思いをさせて頂いたので今でも感謝でいっぱいです。リンさんのプレイヤーキャラクター名は何回か変わっているのでここではリンさんという表記のみにしておきますが、彼は私が個人的に勝手に認定している3人のGreatPlayerの1人で3人目となります。



●2010年2月28日
トロール傭兵団を初討伐>

とある野良開催に応募して参加できたのですな。自分は赤サポ忍で護衛のキープ役だったので気楽なポジションでしたが、フルアライアンス人数で敵地の奥まで侵入してを倒すというのは楽しいイベントでした。

ワーワー
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チラ見しつつ
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討伐を見届けました。
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●2010年3月23日
<サーバー統合によりキャラクター名の強制変更が発生>

なんとPandemoniumサーバー廃止されてAsuraへ統合されることになってしまったのですな。その際、同じキャラクター名が統合先のAsuraで使われていた場合は強制的にキャラクター名が変更されるという最悪のイベントが発生した訳です。

もちろん、すぐに確認しにいきました。そして自身のキャラクター名 Astel はAsuraで使われていることが発覚し、その上でそのキャラクターが積極的に使われているメインキャラクターなのか倉庫キャラクターなのかといった調べも進めました。

当時のUchinoBlogに下記の記事がありました。
・一気にやめる人多そう
・世の中ゴネ得がまかりとおってるので
・やぁやぁわれこそは
・さらばパンデモニウム
・Asthel

見ての通り非常に憤慨しておりました。今思い返しても腹立たしいイベントでした。ちなみにこの当時のAsuraにおける Astel は上述の通り他人のキャラクターでしたが、第2期プレイ中に確認したらこのキャラクターが消えてくれていたので、私の倉庫キャラで名前を占有しました。よって2021年2月現在のAsuraにいる Astel というキャラクターのプレイヤーは私自身です。ワールド移転を使って元の名前に戻すこともちょっと考えましたが、お金がもったいなく馬鹿らしいのでキープのみでやめにしました。



●2010年4月18日
シェンロンバグナウをゲット>

上述の活動の一環として再びPandemonium Warden(ぱんでもにうむ うぉーでん)を討伐しまして、ドロップしたシェンロンバグナウを20Mで購入してゲットしたのですな。

これでモンクとしても「ほぼ」最高峰の位置に達したぞー!!と言いたかったのですが、このシェンロンバグナウは買って後悔したものランキング第1位です。理由は最高峰としての寿命があまりにも短かったからです。もちろん、寿命にとどめを刺したのはアビセアでの装備群でした。



●2010年4月28日
<ようやくアポ暗を完成させる事を決心>

どういう事かは当時のUchinoBlogの下記に記事がありました。
決めました

この記事の中にある「・メイジャンをさっさとやる」というのは、愛の千本ノックとして認知されつつあった忌まわしきメイジャンの試練のことです。いまでこそ、アポカリプスの1回目の試練であるNo.1045の内容は「アンデッド類に対し200回カタストロフィを使用」ですが、これが200回ではなく1500回でした。次の試練も回数は1500でした。それどころか、3番目と4番目の試練の回数は2000でした。(たしか)

愛をもって臨まないと達成不可能な数値でした。

いや、正直に言いましょう。愛があっても達成は難しいですハイ。なので割と早く回数は緩和された気がしますが愛の千本ノックは紛れもなく経験したことなのでトラウマでもあります。この年の9月15日のことですがUchinoBlogに下記の記事があったぐらいです。
ノックとは愛である

闇(病み)を感じさせます。



●2010年5月5日
<野良開催してジャスティストルクをゲット>

このことはUchinoBlogの下記の記事に詳細が書いてありました。
けっこうがんばった

しっかりと参加者が集まってるあたり、このアイテムの人気度の高さが伺えますな。愛のノックも嫌々ながらしっかり進めていたようです。



●2010年5月15日
<RaExハンターとしてマートキャップをゲット>

2021年現在においては、Maat戦に勝つのは容易になっており、レベル上げも然りですが、この当時はまだまだ取得難易度は高かったと思います。

帽子強奪の儀
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に、似合ってない・・・
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残念ながらコーディネート的にはしっくりきていませんが、この色のコンビネーションは今現在のモンクの普段着にも採用しています。

その恰好がコチラ↓
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こちらは非常に気に入ってる恰好です。



●2010年6月22日
禁断の地アビセアがサービス開始>

この頃になるとFF14の発売が控えていたせいか、周りからFF11プレイヤーが少しずつ消えていった気がします。そんな中で発表&発売されたアビセアシリーズの第1弾である禁断の地アビセアのサービスがついに開始されたのがこの日です。

とはいえ、サービス開始当初はその仕様がよく分かっておらず、アビセアに入場して遊ぶことはほぼありませんでした。しかし、その仕様が明らかにつれてアビセアフィーバーとも言える波がFF11に押し寄せることになり、私もその波に乗って大いにどっぷりとアビセアに浸かったプレイに興じることとなります。



●2010年8月7日
神威耳の取り直しを完了>

アポ暗の完成形として最後に残していた課題である神威耳の取り直しのための神威再戦をクリアし、暗黒の耳をゲットしました。

直前にイブノイル様から「よく考えて選べ」的な嫌味を言われてます
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ともあれ、芸術作品としてのアポ暗は完成したのであります。

UchinoBlogにその頃の記事が下記の通り投稿されていました。
FFXIEQが更新されてました

んが!

アビセアフィーバーの勃興と共にアポカリプスの有用性が相対的に下がり、完成したアポ暗は結局ほぼ使わずこの年を終えることになります。

これはどういうことかというと、アビセアの世界を進めていくと、圧倒的なパワープレイが可能となるのですな。命中は簡単にキャップに達するためレリック両手武器に付いている命中プラスのプロパティは意味をなさず、使い切れないほどの容量のMPとそのMPの自動回復の機構が容易に準備可能で、それが大ケアルシャワーの連発を可能とし、アポカリプスの固有WSであるカタストロフィに付属しているHP吸収効果の優位性を皆無にしてしまいました。

もしかしたら、私以外のアポ暗使いの人は、こうした世界を目の当たりにしてやる気をなくして消えてしまったのかもしれません。このような事情は他のレリックウェポンミシックウェポンにも当てはまったのかもしれませんし、真相はあくまで分かりません。

ただ、幸いにして私のメインジョブはこの年に「モ青」から「モ暗」に代わったものの、裏を返すとアポ暗は使わなくてもモンクはメインジョブとして残っていたのですな。

そして、このモンクの性能がアビセアの仕様と非常に相性がよくて楽しく遊べるジョブでした。なので、芸術作品として仕上げたアポ暗が使えなくてもまったく気落ちしなかったのですな。

それに2垢のジャックに愛を注ぐのが楽しかったというのもあります。

8月8日 ミュモルのヒロイン・ショーにて撮影
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ジャックかわいいよジャック・・・。



●2010年8月~2011年4月頃
<どっぷりとアビセア生活>

あまりScreenShotに記録を残しておらず、またUchinoBlogにも記事の投稿のなかった時期なのですが、間違いなくアビセア世界にどっぷりと浸かった生活を送っておりました。2垢ジャックの防具とジョブを充実させまくったのはこの頃だと思います。


●2011年4月下旬
ウルスラグナ(Lv90)が完成>

アビセアで遊び始めた初期の頃は、まだまだエンピリアンウェポン作成の敷居は高かったので手を出さずにいました。代わりに代替武器の位置にあった、いわゆるコイン武器格闘Rフィスト+1をお試しで作成しまして、これを使ってみたところWSのビクトリースマイトを含めて素晴らしいという結論に至ったのですな。ならばウルスラグナを作ろうと決心した訳であります。

ちょうど前述の金策LS内で有志によるエンピリアンウェポン作成の固定活動が始まったのでそれに参加しての作成となりました。以後、完成から2021年2月現在に至るまでメインウェポンとして使い続けています。

ウルスラグナは作って本当によかった!

当時のUchinoBlogに下記の記事が投稿されていました。
ウルス90

固定活動以外でも自身で野良開催して積極的に素材を収集していた様子がうかがえます。同梱されているニコニコ動画の紹介ですが、今見ても面白いですねこれ。



といったところで、アポ暗を芸術作品として完成させようとしていたのが2010年の前半であり、2010年前半~2011年前半はアビセア三部作を遊び尽くしていたという時期なのでした。(続く)



2021/02/05 (金) / 18:08








前回までで2008年末までの振り返りが終わりました。引き続き、2009年1月からのFF個人史を振り返ってみます。

●2009年1月1日
<元旦にもかかわらず元気に野良テメナスを開催>

1月1日、つまり元旦の日もしっかりFF11をしていたようで、野良でテメナス西を開催していたようです。

当時のUchinoBlogに下記の記事が投稿されていました。
お年玉求めてテメナス西へ

年初めから元気っぷりが伺えます。



●2009年1月23日
<RaExハンターとしてベロシアスベルトをゲット>

UchinoBlogの下記の記事
ベロシアスベルト
を皮切りに以前のFF11個人史にも書いたように何度かソロでチャレンジをしていました。

んが!

結論として、フェローのクレリテがいてもソロではハイパー化する20分の壁を破ることができないということを悟りまして、仕方なくサポ赤でディスペルシザーガードも消せる白魔道士と組んでのハンティングとなりました。

釣り勝てれば後は物欲センサーを回避するだけです。
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無事にセンサーを回避した結果がこれです!
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20分で削り切れない原因は、ソロだとシザーガードを消せないことだったのですが、今考えればモンクでもサポ赤でジュースを飲みながらディスペルしたら消せたかもしれませんね。

ただ、サポ赤の白魔道士と組んだことでモンクのサポートジョブをシーフにしてトレハンをつけることができるという利点が得られましたから、それも大きかったと思います。

当時のUchinoBlogに下記の記事が投稿されていました。
サポシで宇宙

とうとう、RaExハンターとして何度も返り討ちにあっているビビアンリングが最後の獲物として残ったようです。結論から言うと、ビビアン(Voluptuous Vivian)も モ/シ 白/召 にフェローという構成で安定して撃破することができるようになり、後日ゲットに成功することになります。



●2009年2月13日
<裏LSを解散>

北方エリア専門として自分自身で立ち上げた裏LSの活動が終了となったのがこの日でした。立ち上げたのが2008年1月でしたから約1年1か月の期間でしたが、常にフルアラ未満の人数で活動していたので欲しいレリック防具を取りつくしての円満解散でした。北方エリア専門としてスタートしましたが、希望品があるという事で途中何度か4国エリアも回りましたし、とある人物がレリック武器のアポカリプス作成したいとの希望を出したため、その証取りをやったりもしました。

ちなみに円満解散と書きましたが、この証取りを引き受けたことだけはこの裏LS運営における唯一の汚点でした。Julyanhydeというプレイヤーさんで私個人はそれまで被害や嫌な思いを受けた訳でもなかったため、希望を断る積極的な理由はなかったのですが、いろいろと良からぬ話ははっちん(Hatu)から聞いた上で結局この証取りを引き受けてしまったのですな。

やり方を研究したのは私で、実際に上手くいって証も見事にドロップさせたので達成感はあったのですが、このJulyanhydeなるプレイヤーはその後、欠片を他のLSから外販で購入した後ワールド移転で姿を消しました。いや~、酷いプレイヤーって本当にいるんだなぁって思いました。

んが!

どうもその後、一時期だけPandemoniumuワールドに戻ってきていたようなんですよね。残念ながらSS(ScreenShot)での記録は撮っていなかったのですが、ワールド移転から約3か月後のロランベリー耕地ジュノへの入り口付近で放置していた際にanonで赤魔道士の恰好がJulyanhydeとそっくりで同じ種族のJulyanというキャラクターを見かけたのですよね。見かけたのはその1回だけでその後は全く思い当たるキャラクターに出会ったことはないです。想像するに、ワールド移転したものの楽しめなかったから戻ってきたけど、今さら元のグループに戻ることもできず名前もまっさらに消し去ることも躊躇してしまい、最終的にはPandemoniumuワールドに戻ったもののそのままゲーム自体からフェードアウトしたのでは?と思ったりしました。



●2009年2月頃
<金策としてサーラメーヤ周回>

当時の相棒とも相方とも言えるはっちんがレリック武器を作ることを決心し出しまして、その金策をお手伝いがてら一緒にやっていたのですな。その中でも最も売り上げが大きかったのがこのサーラメーヤ周回でした。当時、高額の素材だったケルベロスの皮を100%ドロップしてくれて、さらにレアドロップの八竜佩楯が20~30Mで売れたのですな。花鳥風月の第一段階と第二段階のNMは二人だけで終わらせて、第三段階のNMからはお手伝いさんやRaEx品目当ての参加者を野良で集めたりしました。というより、RaEx品はシャウトで外販してその売り上げをお手伝いさんに分配したりしてました。

この他人の金策を手伝うという行動の結果、自分自身もレリック武器が作れるぐらいに資産が膨らんでいったのは言うまでもありません。とはいえ、この頃の私は自分自身で作った裏LSを解散したばかりでデュナミスとは疎遠になっており、レリック武器を作ろうという気は全くありませんでした。



●2009年2月頃
<戦績プークBC開催が習慣化>

ビシージに熱心に通い詰めていた結果として得られた大量の皇国軍戦績がもったいないから換金したいという思いで、戦績BFプークの幻影(Shadows of the Mind)、通称「戦績プークBC」を毎日のように野良で開催していました。習慣化しだすと苦も無く続けるようになってしまうのが自分の特徴なのですな。



●2009年4月18日
<FF11のエンディングっぽいものが出現>

こちらをご覧ください
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なんというか、OPと対となるシーンでとてもエンディングっぽい気がしませんか?このシーンは追加シナリオの第一弾「石の見る夢」のクリア時に流れるムービーの一部です。

これを目にした時には「いよいよFF11も終末に向かってまとまっていくのか~・・・」という思いが頭をよぎりましたが実際にはそんなことにはならず、現在に至るまで未だに現役バリバリのゲームとして続いているのですからこれは本当に凄いことです。



●2009年5月22日
<ダイス勝負で引き分け、しかも0!>

見ての通りです。
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UchinoBlogに当時のことが下記の記事で投稿されておりました。
1000分の1×1000分の1なサラメヤ戦

これはFF11全プレイヤー史上、唯一といっていいほどのレアな事象ではないでしょうか!?ダイスで0(ゼロ)を出す確率は1000分の1です。さらにそこに0(ゼロ)を続けて出す確率は 1000分の1 × 1000分の1 で 100万分の1(0.000001% ) の確率になります。運が良いといえるのか、悪いといえるのか、それすらもわからないぐらいレアな事象に立ち会えたわけであります。



●2009年5月23日
Pandemonium Wardenの討伐に初参加>

Pandemonium Warden(ぱんでもにうむ うぉーでん)の討伐イベントが野良で公募されていたので参加したのですな。

フルアラ以上の人数が集まっていました。
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ただ、残念ながらこの時の討伐は失敗に終わりました。翌年になって全く別の団体が主体で開催された討伐戦に参加することになるのですが、そこで私自身は初討伐に成功することになります。



●2009年5月30日
<相棒のレリック武器が遂に完成>

作られたのは天の村雲でした
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相棒とも相方とも呼べるはっちん(Hatu)のレリック武器が遂に完成しました。彼女が作成を決心してから約9か月ほどの事だったと思われます。ちなみにはっちんは個人的に勝手に認定しているGreatPlayer3人のうちの1人です。



●2009年6月頃
旧貨幣の収集を開始>

はっちんの金策に協力しているうちに、自分自身がレリック武器を作成可能なほど資産が増えていました。ある意味、当然の帰結だったのですがモンクとして残す未取得の装備は、Pandemonium Warden(ぱんでもにうむ うぉーでん)がドロップするシェンロンバグナウか、レリック武器のスファライの2つぐらいでしたので、ひとまずレリック武器を作る決意だけはしました。

んが!

スファライを作ったところでそれを使うかどうかは自身には懐疑的な思いでいました。なにせ純粋な攻撃力としては当時のモンク標準装備と言っていいデストロイヤーと大差がないと言われていた上に、専用WSのファイナルヘヴン夢想阿修羅拳に劣ると言われておりました。

つまり、作ってもプレイスタイルが全く変わらない可能性があったのですな。悩んだ挙句、アポカリプスを視野に入れつつ作るレリック武器の決定は後回しにするという考えのもと、旧貨幣の収集を開始することにしました。

UchinoBlogに当時の記事として下記がありました。
貨幣買取中です!

ひとまず3種買取のシャウトも始めたのがこの頃。どちらを作るかで必要な枚数が貨幣の種類で異なるのですが、そこは買取値段の調節でうまく収まるだろうという想定で始めました。



●2009年7月17日
<リンバスLSの活動が終了>

LSが結成されたのが2006年6月16日でしたから約3年1か月の活動でした。ホマム・ナシラの両方をコンプリートすることができたのもありますが、第2のメインジョブだった青魔道士に活躍の場を与えてくれたりと非常に楽しい活動でした。



●2009年8月9日
エインヘリヤル活動にて地霊の免罪符:胴をゲット>

週1のエインヘリヤルLSでの57回目の活動、LSとして2個目のドロップでついに地霊の免罪符:胴をゲットすることに成功しました。

UchinoBlogの当時の記事が下記にありました。
57回目で

地霊胴とアポカリプスはもはやセット品といった個人的な感覚があったので、これにより作成するレリック武器はアポカリプスにしようという思いが強くなります。

と、同時に資金が潤沢にあったので地霊胴をNQとHQのどちらで解呪しようか迷い始めることとなります。結果を言ってしまうと、この後日バザーで地霊胴HQの呪物「祟られた鎖帷子」を見かけることとなり、そのバザー値段で買い上げることとなりました。

その値段は50Mでした。1度に支払った額としては第1期プレイ(2004年3月~2013年4月)のFF11個人史上においては最高額だった気がします。



●2009年9月20日
<RaExハンターとしてビビアンリングをゲット>

ゲットする約1か月ほど前、過去に何度も返り討ちにあっていたVoluptuous Vivian(ぼらぷちゅあすびびあん)を安定して狩れる方法を確立することに成功して9月はボヤーダ樹にこもって狩り続けていたところ、ついにドロップしたのですな。

UchinoBlogにも下記の通り記事が投稿されていました。
絶好調!

どうやら運気がもの凄く上昇していたようです。



●2009年11月1日
<はっちんがFF11を引退>

当時の相棒とも相方とも言えるプレイヤーだったはっちんがFF11から引退しました。レリック武器の天の村雲を完成させたあたりから燃え尽き症候群的な感じを受けてはいたのですが、リアルを大事にしたいとのことですっぱり引退となりました。

その際、エインヘリヤルLSの運営を数人で引き継ぐこととなり私もその1人でした。裏LSでの例の事件以降、代理リーダーだけはもうやるまいと思っていましたが、さすがにこれは断れないなあと思い引き受けたのでした。

エインヘリヤルLSはその後も順調に活動を続け、アビセア時代に入ってエインヘリヤルのアイテム自体がお役御免となったあたりで円満解散となりました。

さようなら。さようなら。
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UchinoBlogにも下記の通り記事が投稿されていました。
いろいろグッバイ

ちなみにはっちんはその後、アビセア時代に1度だけ約1か月ほど復帰しましたが、その事実を知る人はあまりいなかっただろうと思います。



●2009年11月初め(か10月末ごろ)
<裏LSへ加入>

正確な日時は記録に残っていないのですが、エインヘリヤルLSでの雑談時にレリック武器が話題にあがりまして、私自身の作成状況と証や欠片の取得方法をどう考えているかなどを明かしたのですな。そうしたところ、おぱちんから「うちのLSで取って作っちゃえw」というお誘いを頂きまして、その言葉に甘えることにしたんですな。



●2009年11月23日
サルベージLSの活動が終了>

2007年5月に新規で設立したサルベージLSにて、最後に残っていた希望品の薄金胴35(日数腹当)がめでたくドロップして円満解散となりました。

ちなみに最終的な活動回数は実に249回に達しており、各遺構の突入回数は以下の通りでした。
バフラウ遺構43回 (最後は2008/11/10)
ゼオルム遺構47回 (最後は2009/7/20)
アラパゴ遺構79回 (最後は2009/8/3)
銀海遺構93回 (最後は2009/11/23)

銀海遺構が最多という結果です。薄金胴35の人気も最多でドロップ率が最低に近かったためと思われます。

ちなみにルール的には野良開催を開催するなり応募するなりでパーツを取った場合でも柔軟に希望を変更できる制度を敷いていたので、LS活動以外でサルベージをやっていた人も複数いました。

かく言う私もその1人なので、サルベージへの突入回数は249回どころか300回を超えていたと思われます。
/(^o^)\ ヤリスギ



●2009年12月
<作成するレリック武器が決定>

UchinoBlogに下記の通り記事が投稿されていました。
アポカリプスに決めました

貨幣の事ばかり書いていますが、もっと初歩的なところで準備が完了していないことに後から気づきます。それに対応すべく、加入したばかりの裏LSと被らない形で野良デュナミスを開催するに至る始末でした。

UchinoBlogにも下記の通り記事が投稿されていました。
低いハードルが乗り越えられない人

ちなみにこれに遡ること数か月前から本格的な2垢キャラのジャックを導入していまして、そのジャックの裏ボス撃破フラグ回収や、開催直後に参加者から直接旧貨幣を買い付ける目的もありました。一石三鳥ということですな。



●2010年1月16日
<ついにアポカリプスが完成>

1月は野良で裏ウィンダスや裏ジュノを開催したり積極的に貨幣の買取をした甲斐もあって、最終的には最後の30枚レンタルもおぱちんの仲介により成功し、完成にこぎつけたのがこの日でした。

完成品をくれる場所は行くのに時間がかかる所でした。
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UchinoBlogでいうと当時の下記の記事あたりが該当します。
閑話休題
野良ウィンダス
裏ジュノ踏破で4国クリア
アポカリプス



というわけでアポカリプス作成完了までの振り返りが終了しました。そろそろエンドロールが流れてもおかしくない雰囲気であります。

んが!

「これで終わりじゃないぞよ もうちっとだけ続くんじゃ」



2021/01/30 (土) / 15:48








前回までで2007年末までの振り返りが終わりました。なので、2008年1月から改めて振り返ってみたいと思います。

●2008年1月27日
<やっぱり がだらるw 撮影>

「安心して死ねッ!」
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安心する前に死ぬのはやわらか将軍のあんただろうが!!というツッコミを嬉々としていた訳です。ちなみに「やわらか将軍」とは当時流行っていた「やわらか戦車」というフラッシュ動画を元ネタにした「らせつw」に代わるガダラルの二つ名です。



●2008年1月30日
<青ソロでアットワENMを完勝>

たまたまScreenShotに残っていたのですが、青ソロでアットワ千骸谷ENM「風と共に」をやること自体は、これより以前から始まっていました。ちょうど安定して勝利を収められるようになりつつあった時のようでUchinoBlogに下記の記事がありました。
いまさらながら青ソロで行くアットワ「風と共に」ENM

さらに約3か月後の2008年4月には下記の記事がありました。
ENM風と共に

成長ぶりがうかがえます。

ちなみに戦利品マンイーターは、当時における戦士の最終装備品であったため比較的高値で取引されていましたから当たりです。

さらに祈雨石が出ると應龍来来がやれて、應龍来来がやれると帝龍の玉が100%ドロップするので帝龍降臨がやれることになり、素材やRaEx品の外販などで大規模な金策につながっていったりしました。



●2008年6月20日
<フル薄金を達成>

フル薄金まで残り1部位として最後に残っていたのが両足のレベル35部位「日数脛当」でした。これがドロップしたことにより薄金両足である薄金脛当が完成し、見事にフル薄金を達成した訳であります。

喜びのガッツポーズ
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UchinoBlogに当時の記事が下記の通り投稿されておりました。
真理の扉を開く

色々書いてますが、結局なんですな。。。



●2008年6月30日
<初めての借金をしてまでの購入>

2007年~2008年は最前線コンテンツを固定活動やソロ活動でフルに遊んでいた時期でした。そんな時期でしたから、ギルもどんどん増えますが、増えた片っ端から使っていった時期でもありました。分かりやすいアイテムでいえばサルベージの装備のうち下記の3種
モリガンローブ
薄金腹巻
アレスキュイラス
を作ったり、そもそもこの3種の1つ薄金シリーズは前述の通りコンプリートしていましたし、残りの2種も後日フルコンプリートしたり・・・と。そんな中で初めて借金してまで購入した装備品があったのですな。

それは「ハデスサインティ+1」という格闘武器です。

当時は2000万ギルでした。
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この事はUchinoBlogで下記の通り記事としても投稿がありました。
ハデスサインティ+1

結局いくら借金したのかは記載がないので不明ですが、上述の通り遊び続ける活動そのものが金策につながっていた部分もあったのですぐに借金は返済できていたのでしょう。フル薄金にこのハデスサインティ+1を組み合わせると、装備でヘイスト25%を維持しつつ高い命中力を達成できるので、場面によってはスシ食ではなくピザや肉料理を食せるという浪漫があったのですな。



●2008年7月13日
<ついにリディルを入手>

FF11の装備品の中には「これぞ廃プレイヤーの証」みたいなアイテムがいくつかあると思います。特にレベル75時代を代表するそのようなアイテムと言えばこれです。その名もリディルであります。

ポイント制により安心のロットイン
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この頃のメインジョブは2つありました。第1メインジョブは3rdジョブのモンクで、第2メインジョブが7thジョブの青魔道士でした。

メインジョブが2つと言えるのは、当時のメリットポイントの武器スキル強化の最大値が8振りで、8振りできるのは武器2種までだったのですな。その2種を格闘片手剣の2つにしていたのでメインジョブも2つまでという理屈でした。ここにリディルが加わると剣剣戦士もメインジョブとして加えることも可能になってきます。

そんなわけで8thジョブとして戦士をレベル75にしたのでしたのも確かこの頃のはずです。



●2008年8月2日
フェイストルクをゲット>

メインジョブモンクを名乗るからには是が非でも欲しかった装備品フェイストルクをゲットしたのですな。それもRaExハンターとしては珍しく、自ら企画するのではなくピクミンのごとく連れてってもらう形でのゲットでした。

ピクってました!!
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この事はUchinoBlogで下記の通り記事としても投稿がありました。
長かった。。

ピクる立場でも長く感じるものは長く感じるのです・・・!ともあれ、モンクとして残る装備は、シェンロンバグナウとレリック武器ぐらいという状況に達することができました。



●2008年8月3日
<アイドル戦士ミュモルと初の邂逅>

今や夏のヴァナ・ディールにおける風物詩の1つとしてすっかり定着した感のあるアイドル戦士ミュモルミュモルの公式イベントが初実装されたのがこの2008年でした。そしてこの日に初邂逅したわけです。よっぽど気に入ったのか、SSを何枚も撮影していたのでそのうちのいくつかを厳選してみました。

カメラ視点に他意はありません。
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●2008年9月14日
<個人史上で屈指の衝撃を受けたクエスト>

ネタばれとなりますが、10年以上前に実装されたクエストなので気にせず画像を貼り付けます。下記のSSをご覧ください!

えっ!?
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お判りいただけただろうか。

ちなみにこのシーンはクエスト「美女と野獣」におけるクリア時のイベントにおける一幕です。まだやってない方は是非とも自身でやって目にして頂きたいです。



●2008年9月23日
<がだらるw を救出>

今はめったに発生しないかもしれませんが、ビシージがあると結構な確率でアルザビにいるNPCの一部が獣人に連れ去られて捕虜になってしまうことがあったのですな。

捕虜は救出しに行かない限り戻ってきませんので一部のNPCには専門のレスキュー部隊が居たとか居ないとか・・・。私の場合は、メリポで蕃都の黒鱗のカギが手に入った際に積極的にレスキュー活動を行っていました。そして、ついにこの日 がだらるw の救出を引き当てたというSSがこれです。

これがツン馬鹿ってやつです。
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●2008年9月27日の25時台
<初のオーディン戦で地霊胴がドロップするもロットで敗北>

記録に残っていないので正確な設立時期は不明ですが、はっちんがエインヘリヤルLSを新規で立ち上げてくれまして、その運営をお手伝いする幹部役扱いでLSに加入しておりました。そして恐らく約3~4か月かけてLS初のオーディン戦に挑戦できたのがこの日です。

この事は当時のUchinoBlogに下記の記事がありました。
第1回 オーディン ~命中Capは433ぐらいの巻~

3人でのロット勝負の末、最下位での敗北
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●2008年11月
<第2メインの青魔道士の活躍を総括>

この日のUchinoBlogに下記2つの記事が投稿されていました。
青魔戦記
青魔戦記 その2

1個目の記事を要約すると、第2のメインジョブを自認している青魔道士リンバスオメガに4回参加、アルテマに9回参加したという活動を総括したのですな。

青魔道士オメガアルテマにこれだけの回数参戦したのはごく少数のプレイヤーだと思います。個人的にたいへん楽しく青魔道士をやらせて頂きました。

リンバスLSには楽しい思い出と感謝しかないです。

一方で2個目の記事を要約すると、における七元徳NMのテンペランス(Jailer of Temperance)戦と、ナイズル島の攻略には青魔道士が最も適正の高いジョブです、という話でした。2021年現在でも通じそうな話です。



●2008年12月
<ちょっと病んでいた時期>

病んでいた原因はもちろんFF11で、気分的なところで病んでいたのですな。これは詳しくは当時のUchinoBlogに投稿した下記の記事に詳細をぶちまけてあったのでそちらを読んだ方が早いですし、今読み返しても当時の自分に同情したくなる程に共感を呼ぶ内容でした(苦笑)
そうだ、空気になろう

ただ、逆にこういう病んだ原因となったPC(プレイヤーキャラクター)とは逆に、いろいろ誘ってくれる友達が2~3人いてくれたので何とかバランスを保って楽しくプレイできていたのだと思います。ここで言っている友達の1人はまだ現役プレイヤーとして残っています。



2008年の振り返りが終わりました。2007年に引き続き固定活動をバリバリにこなしていたので、振り返ってもあえて取り上げるほどの事は少な目だったなぁという印象でした。(続く)



2021/01/26 (火) / 19:06





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