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FF11に関する私的ブログですが閲覧・コメント歓迎です。
パン鯖の時は Astel でした。

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Tomorrow Never Dies

FF11の私的なプレイ日記

 »Entries.




前回までの③にて2006年末までの振り返りを完了しました。引き続き、撮りためていたScreenShot(SS)やUchinoBlogを見返してそれ以後の個人史を書いてみたいと思います。

●2007年1月1日
<新年祝いの花火大会に参加>

花火連発!
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このような光景は今も変わらずな気がしますが、人口の密集度は今とは比べようがないほど高い感じがしますな。



●2007年1月9日
<自身で北方エリア専門の裏LSを新規で立ち上げました>

FF11個人史を振り返る③の冒頭部にも書きましたが、自分自身がリーダーで北方エリア専門の裏LSを新規で立ち上げたのですな。経緯はFF11個人史を振り返る③を見てもらうとして、このLSを作るにあたって、とにかくやりがいのあるLS活動にするにはどういうルールが適切なのか?を徹底的に考え抜いておりました。その特徴を一部だけ下記に取り上げてみます。

(1) スタートは金曜24時頃という深夜帯を採用する。
(2) 1回参加で1Pのポイント制とする。
(3) 2時間参加で参加完了とみなし早退は可とする。
(4) 希望制は設けず、ドロップしたその場で希望者は挙手する。
(5) 挙手した中で最も持ちPが高い者がP消費で優先ロットインする。
(6) 北方エリアにおけるP消費数は持ちPの50%端数切り下げとする。
(7) 4国エリアと100貨幣の場合の消費数は4Pとする。
(8) 1貨幣は全て回収し100枚単位で100貨幣扱いとして排出後に希望者を募る。
(9) 100枚未満で余った1貨幣は、最後まで参加して何もゲットしなかった者同士でダイス勝負にてゲット者を決する。
(10) 別枠の活動として月曜深夜にも活動を行い、こちらは事前希望制とする。

他にも細かいルールがあった気もしますが、このルールで2007年1月から2009年2月までの約2年と1か月続き、終盤ではデュエルシャポーがドロップしすぎてP消費の不要なフリーロットインでも希望がなく、赤魔道士をやらない人に流れるといった有様でした。

また、Finales(フィナーレ)という名称のHNMLS所属のメンバーが1人いたのですが、その方からこの裏LSが好評として伝わり、加入希望者が多く発生しました。私はその希望者をそのまま受け入れてそのHNMLS御用達?の裏LSとなったりもしました。ちなみにそのHNMLSは外国人プレイヤーとの混合だったので、それを受けて私の裏LSでも外国人プレイヤーを分け隔てなく参加OKの方針にしていました。そのため参加者の1割~2割は外国人プレイヤーでしたが、進行上も運営上もまったく問題がありませんでした。



●2007年1月頃
<金策としてトンベリBCを多数主催>

恐らく2ndジョブの赤魔道士がレベル75になった2005年6月頃からの話なんですが、金策として獣人印章60の印章BF「特命介錯人」、通称トンベリBCを多数主催していました。

これは大外れの品だったSS
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高値で売れる当たり品は下記の主に下記の2品でした。
インフィブルトルク
エレメンタルトルク

トルクは必ず2個でるので、1個当たりが出ることを「ホームランが出た!」。2個とも当たりだった場合は「特大ホームランが出た!!」とか言ってました。

なぜ、この凡打の結果をSSに残したのかは謎いなぁと見返して思っていたのですが、答えはUchinoBlogに当時投稿した下記の記事にありました。
ベヒンモスBCと㌧ベリBC
獣神印章99の印章BFである「戦慄の角」で大外れだったのに、それを取り返すべく行った期待値の高いトンベリBCでも大外れだったということですな。なるほど。



●2007年1月末頃
<6thジョブの黒魔道士がレベル75に到達>

SSや記録が残っておらず、正確な日にちは不明ですがこの頃に達成しました。主にソロペット狩りでレベルを上げて、最後のレベル72付近からはゼオルム火山で黒PTを組んでレベル75まで上げた記憶があります。



●2007年2月8日
<真バハムートを初撃破>

真バハムートとは、正確にはBF戦「帝龍降臨」に登場するBahamutのことで、当時のエンドコンテンツの最前線を象徴するものの1つでした。これの初クリアをしたのですな。もう立派にHaijinレベルのプレイヤーといってよいところまで成長していた訳であります。

UchinoBlogにも下記の記事が投稿されておりました。
ウィルムアストニッシャー

今見返して気づいたのですが、この件名にある「ウィルムアストニッシャー」というのは誤字であり、「ッ」は含まない「ウィルムアストニシャー」が正しいです。


●2007年3月
<Myチョコボの育成を開始>

今でもマウントで騎乗しているMyチョコボ育成を開始し始めたのですな。普通の黄色のチョコボではなく、独自の色のついたMyチョコボということで青チョコボを選択しました。ちなみに用語辞典先生によるとMyチョコボは呼び出しチョコボと呼称するそうです。

青というより群青色、紫?
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●2007年4月
<Myチョコボの育成が完了>

あくまで普通のチョコボに代わる騎乗として育て始めたのでスピードMAXだけ達成する形で育成を完了しました。UchinoBlogに当時の記事が下記の通り投稿されておりました。
紫チョコボォォォォォ
この記事を投稿した時点では育成を完了していなかったようですね。



●2007年4月22日
ヒューム女性イベントに遭遇>

どなたかが主催となって、ヒューム女性のプレイヤーがただひたすら集まるというイベントに遭遇しておりました。

女性陣・・・/\ァ/|ァ
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この中の1人くらいは今もFF11をプレイしてくれてると嬉しいのですが・・・お名前を見渡しても思い当たる方はおりませんでした。このイベントが行われていた当時のパンデモニウムワールドは2010年3月23日にAsuraへ統合されてしまい、その際にキャラクターネームが変わった人もいるので正確なことは分かりかねる部分があるのですな。



●2007年5月
<サルベージLSを新規で立ち上げた>

週1でリンバスLSに参加し、週1で個人活動としてリンバスに入場し、週2で裏LSを主催していたところに週2でサルベージLSを新規で立ち上げたという・・・つまり、2007年とは固定活動で目いっぱい遊んでいたという事ですな。ちなみにこのサルベージLSも裏LSに似たポイント制度を取ったため、非常に円滑に、メンバーが取得したいものを臨機応変に取りに行ける仕組みを導入しておりました。

サルベージLSの終盤は、薄胴35(日数腹当)を取るためだけために銀海遺構へ通う活動と化していましたが、今さらながらよくやったなぁと思います。

ちなみにこのサルベージLSは2009年の11月23日まで続いたので約2年半の活動となり、実施回数は実に249回に達していたことが記録に残っています。このLS以外でも、設立以前にお試しや研究のために何回かやったり、LS活動が軌道にのった後も個人的に野良でサルベージを主催したりしていたので個人での突入回数は300回を超えると思われます。

野良での開催は、十分な経験を積んで自信が出てきた頃には場合によって「経験不問」も付けて募集していたこともありました。後年ですが、私の野良サルベージで初めてサルベージをやって、そのおかげで他のサルベージに参加できるようになったと言ってくれた方に出会うこともありました。主催者冥利に尽きるというものです。



●2007年5月25日
青魔道士としてオメガ戦に初参戦>

それまでは忍者ナイト黒魔道士で参加していたリンバスのオメガ戦に青魔道士で初参戦したのですな。

このリンバスのオメガは物理攻撃が効くモード、通称「座り」モードと物理ダメージのカット率が高くなり精霊魔法で攻めるしかないモード、通称「立ちモード」があるのですが、青魔道士だとその両方に対応できることが判明したため、リーダーの元帥の許可を得て青魔道士を試させてもらったという訳です。

青魔道士青魔道士
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以後、青魔道士オメガに参加することもありましたが、黒魔道士で参加することと引き換えにするほどの利点はなかったので「どちらのジョブで参加してもよい」的なポジションになりました。

むしろ青魔道士アルテマ戦でこそ活躍できるジョブと判明し、アルテマ戦では青サポ忍が複数人でブレス系青魔法を使い、盾役を兼ねながらガリガリ削っていくスタイルが主流となりました。

アルテマの特殊技シタデルバスターに対して発動直前に魔防装備に切り替えた上でセイリーンコートを使用しておくと余裕で耐えられることも判明したので、まさに適職でした。



●2007年6月9日
<HNMLSに勧誘されて加入>

前述の通り、Finales(フィナーレ)というHNMLS内で私の裏LSが好評として伝わり、加入希望者が多く発生していたのですが、逆に私がそのHNMLSの活動によく誘われるようになり、正式にLSに勧誘されたのがこの日でした。

と同時に、その後2009年の後半に至るまで相棒とも、相方とも言える存在、私が勝手に認定している3人のGreatPrayerの1人はっちん(Hatu)と急激に親しくなったのもこの頃からでした。

はっちんとはLSが一緒だったので、これに遡る事2年ほど前から知り合いの状態ではあったのですが、私の裏LSのメンバーが、はっちんが私の裏LSに興味を持っているので加入させてもよいか?と言われたのですな。既に知り合いであり、かつLSで私より後に加入したものの頑張ってる割りに報われていなかった状態だったのを知っていたこともあり、当然のごとく了承したという経緯があります。

ちなみにHNMLSとしては俗にいう地上3種HNMである、ベヒーモスファヴニルアダマンタスの討伐活動にのみポイント制が敷かれていました。

それ以外には通称活動と呼ばれたルモリア七元徳NMの討伐だったり、突発で他団体やゲストと地上3種のウィルムであるティアマットヨルムンガンドを突発的に討伐したり、さらに他団体のヘルプに出向いたり(主にティアマットが多かったですが)、そういう活動でした。

そのヘルプの一環としてティアマット戦に参加した時の記事がUchinoBlogに下記の通り投稿がありました。
第一次ティアマト会戦

蛇足ですが、今現在でも友達として腐れ縁が続いている通称Golden893(をぱ)と出会ったのもこの頃の話です。日本人の割りに平然と英語でコミュニケーションをとっていた私に興味を抱いたのだと思います。それからは普通に話すし遊ぶフレとなりました。

ところでこのHNMLSは2009年の中頃まで活発な活動がありましたが、HNM以外にも爆走サボテンダーと呼ばれるCactrot Rapido(かくとろっとらぴっど)を2~3人で倒したり、少人数で色々な攻略をするプレイに誘ってもらえたので本当に楽しいLSでした。



●2007年6月30日
<ついにデュエルシャポーをゲット!>

自身の作った裏LSの活動にてついにゲットしたのがこの日です。

ドロップ直後の様子
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この日のことはUchinoBlogにも下記の通り記事がありました。
[23] ザルカバード #12 一万年の夢の終わりに

仰々しいサブタイトルがついておりますが、それだけ苦労・苦難を味あわされた一品でした。取得のために少人数裏ザルカを試み始めたのが2006年の5月頃でしたから約1年1か月狙い続けて執着していたようなものです。

そりゃー物欲センサーもピピピッと反応するわけですよ。この頃から物欲センサーを如何にすると回避できるかを真剣に考えはじめ、実際に成功し始めるのもこの頃からです。冗談ではなく本気も本気、大真面目な話だから救いようがありません /(^o^)\



●2007年7月7日
<RaEXハンターとしてベロシアスベルトを狙い出した>

とうとうRaExハンターとしては最終目標に近いものが残ってきたのですな。ベロシアスベルトはその最たる1つで、この頃から狙い始めた訳です。そしてこの7月7日の日に偶然ながら釣り勝てたというお話で、下記の通りUchinoBlogにも記事が投稿されていました。
ベロシアスベルト

完全ソロで挑んだこともあり惜敗したのですが、ちょっと希望が見えた気がしました。ちなみにこの記事の分中だと30分でハイパー化とありますが、これは私の誤認で20分でハイパー化が正しいはずです。



●2007年7月18日
ダルマティカをゲット!>

加入したばかりのHNMLSでダルマティカを首尾よくゲットしたのですな。これと前述でゲットしたデュエルシャポーを合わせると、装備してだけで2mp/3秒のオートリフレシュ状態となる、当時の赤魔道士における最高峰装備の組み合わせと言える状態になりました。もう立派にHaijinの中のHaijinと言えそうであります。

以後の普段着がこれです↓
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赤と緑の組み合わせは気に入っていて、2021年現在のモンクの普段着、ロックスタイルの恰好でも赤と緑の組み合わせがなされています。

2021年現在の普段着がこれです↓
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●2007年8月23日
<ホマム装束をコンプリート>

リンバスLSの活動で順調に収集し、最後が一番人気の低い部位であるのみというEasyモードになっていたのですな。そこでどうしたかというと、外販から購入してコンプリートしたようで、当時のことがUchinoBlogに下記の通り投稿されていました。
だらだらと書いてみた

このプレイ日記には忍サポ暗を盾役とした人数少なめで四神である白虎を撃破したことも記載されていますな。プレイスキルもこの2年ほどで随分と上がっていたのでしょう!



●2007年8月31日
<ナシラ装束のコンプリートに着手>

ホマムの次はナシラ・・・・と欲のとどまる事の知らない私でありました。まぁポイント制のリンバスLSだったのでまったくお咎めもなく、両方とも装備できる青魔道士を実戦における稼働で実績もあった私は気にせずナシラ装束のコンプリートに着手し始めたのでした。

当時のUchinoBlogの記事が下記の通りありました。
第8回 Proto-Ultima

ちょうどこの頃から、リンバスLS開始時当初は後衛系ジョブをやっていたが故にナシラ装束を希望していた人々が、むしろナシラよりホマムが欲しい的な流れに傾きつつあったので、逆の方向を取っていた私にとってナシラ装束のコンプリートも狙いやすい状況に変化していたのですな。



●2007年10月
<最もお世話になった?プレイヤーが引退>

私のFF11個人史において最もお世話になった、というか初めのよちよち歩きのプレイヤー時代に助けてもらったり、その後のプレイにおいて数多くのコンテンツで活動を共にしたRainheartが引退したのですな。これ以後、姿はまったくみかけておりません。

当時のUchinoBlogに下記の投稿がありました。
【また会いましょう!】

ちなみに一方的に私が助けてもらった関係という訳でもなく、裏LSを新規で立ち上げたいという彼の要望に最大限の協力をしたり、私の主催する突発的な「何か」にも積極的に誘ったり、向こうから誘いがあったり、まぁそういう関係でした。とある事件の遺恨や適当過ぎる部分もあり、個人的なGreatPlayer認定には入っておりません。



●2007年11月頃
<身内で初めてのレリック持ちが誕生>

当時所属していたHNMLSのリーダーであるシェラさんがギャッラルホルンを完成させたのですな。私にとってはこれが初めて見る身内のプレイヤーのレリックウェポンでしたので印象深かったです。

見てるだけでwktkしてました!
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といったところで2007年の振り返りは終了です。要は、自分で主催の裏LSが週2回、同じく主催のサルベージLSが週2回、リンバスLSが週1回、そこにHNMLS活動まで入れるというどっぷりヴァナ・ディール生活だったわけですね。FF11は遊びじゃあないんだよ!!的なことをプンプン匂わせるものであります。



2021/01/22 (金) / 18:18





[復元日記#29] 2005/07/19 17:34 / HOME / 1/21(木) Kyou(香車)周回が終了

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