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FF11に関する私的ブログですが閲覧・コメント歓迎です。
パン鯖の時は Astel でした。

<<プレイ期間>>
[第1期] 2004年3月~2013年4月
[第2期] 2014年9月~2015年4月
[第3期] 2019年2月~ 現在

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Tomorrow Never Dies

FF11の私的なプレイ日記

 »Entries.




前回までで2008年末までの振り返りが終わりました。引き続き、2009年1月からのFF個人史を振り返ってみます。

●2009年1月1日
<元旦にもかかわらず元気に野良テメナスを開催>

1月1日、つまり元旦の日もしっかりFF11をしていたようで、野良でテメナス西を開催していたようです。

当時のUchinoBlogに下記の記事が投稿されていました。
お年玉求めてテメナス西へ

年初めから元気っぷりが伺えます。



●2009年1月23日
<RaExハンターとしてベロシアスベルトをゲット>

UchinoBlogの下記の記事
ベロシアスベルト
を皮切りに以前のFF11個人史にも書いたように何度かソロでチャレンジをしていました。

んが!

結論として、フェローのクレリテがいてもソロではハイパー化する20分の壁を破ることができないということを悟りまして、仕方なくサポ赤でディスペルシザーガードも消せる白魔道士と組んでのハンティングとなりました。

釣り勝てれば後は物欲センサーを回避するだけです。
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無事にセンサーを回避した結果がこれです!
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20分で削り切れない原因は、ソロだとシザーガードを消せないことだったのですが、今考えればモンクでもサポ赤でジュースを飲みながらディスペルしたら消せたかもしれませんね。

ただ、サポ赤の白魔道士と組んだことでモンクのサポートジョブをシーフにしてトレハンをつけることができるという利点が得られましたから、それも大きかったと思います。

当時のUchinoBlogに下記の記事が投稿されていました。
サポシで宇宙

とうとう、RaExハンターとして何度も返り討ちにあっているビビアンリングが最後の獲物として残ったようです。結論から言うと、ビビアン(Voluptuous Vivian)も モ/シ 白/召 にフェローという構成で安定して撃破することができるようになり、後日ゲットに成功することになります。



●2009年2月13日
<裏LSを解散>

北方エリア専門として自分自身で立ち上げた裏LSの活動が終了となったのがこの日でした。立ち上げたのが2008年1月でしたから約1年1か月の期間でしたが、常にフルアラ未満の人数で活動していたので欲しいレリック防具を取りつくしての円満解散でした。北方エリア専門としてスタートしましたが、希望品があるという事で途中何度か4国エリアも回りましたし、とある人物がレリック武器のアポカリプス作成したいとの希望を出したため、その証取りをやったりもしました。

ちなみに円満解散と書きましたが、この証取りを引き受けたことだけはこの裏LS運営における唯一の汚点でした。Julyanhydeというプレイヤーさんで私個人はそれまで被害や嫌な思いを受けた訳でもなかったため、希望を断る積極的な理由はなかったのですが、いろいろと良からぬ話ははっちん(Hatu)から聞いた上で結局この証取りを引き受けてしまったのですな。

やり方を研究したのは私で、実際に上手くいって証も見事にドロップさせたので達成感はあったのですが、このJulyanhydeなるプレイヤーはその後、欠片を他のLSから外販で購入した後ワールド移転で姿を消しました。いや~、酷いプレイヤーって本当にいるんだなぁって思いました。

んが!

どうもその後、一時期だけPandemoniumuワールドに戻ってきていたようなんですよね。残念ながらSS(ScreenShot)での記録は撮っていなかったのですが、ワールド移転から約3か月後のロランベリー耕地ジュノへの入り口付近で放置していた際にanonで赤魔道士の恰好がJulyanhydeとそっくりで同じ種族のJulyanというキャラクターを見かけたのですよね。見かけたのはその1回だけでその後は全く思い当たるキャラクターに出会ったことはないです。想像するに、ワールド移転したものの楽しめなかったから戻ってきたけど、今さら元のグループに戻ることもできず名前もまっさらに消し去ることも躊躇してしまい、最終的にはPandemoniumuワールドに戻ったもののそのままゲーム自体からフェードアウトしたのでは?と思ったりしました。



●2009年2月頃
<金策としてサーラメーヤ周回>

当時の相棒とも相方とも言えるはっちんがレリック武器を作ることを決心し出しまして、その金策をお手伝いがてら一緒にやっていたのですな。その中でも最も売り上げが大きかったのがこのサーラメーヤ周回でした。当時、高額の素材だったケルベロスの皮を100%ドロップしてくれて、さらにレアドロップの八竜佩楯が20~30Mで売れたのですな。花鳥風月の第一段階と第二段階のNMは二人だけで終わらせて、第三段階のNMからはお手伝いさんやRaEx品目当ての参加者を野良で集めたりしました。というより、RaEx品はシャウトで外販してその売り上げをお手伝いさんに分配したりしてました。

この他人の金策を手伝うという行動の結果、自分自身もレリック武器が作れるぐらいに資産が膨らんでいったのは言うまでもありません。とはいえ、この頃の私は自分自身で作った裏LSを解散したばかりでデュナミスとは疎遠になっており、レリック武器を作ろうという気は全くありませんでした。



●2009年2月頃
<戦績プークBC開催が習慣化>

ビシージに熱心に通い詰めていた結果として得られた大量の皇国軍戦績がもったいないから換金したいという思いで、戦績BFプークの幻影(Shadows of the Mind)、通称「戦績プークBC」を毎日のように野良で開催していました。習慣化しだすと苦も無く続けるようになってしまうのが自分の特徴なのですな。



●2009年4月18日
<FF11のエンディングっぽいものが出現>

こちらをご覧ください
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なんというか、OPと対となるシーンでとてもエンディングっぽい気がしませんか?このシーンは追加シナリオの第一弾「石の見る夢」のクリア時に流れるムービーの一部です。

これを目にした時には「いよいよFF11も終末に向かってまとまっていくのか~・・・」という思いが頭をよぎりましたが実際にはそんなことにはならず、現在に至るまで未だに現役バリバリのゲームとして続いているのですからこれは本当に凄いことです。



●2009年5月22日
<ダイス勝負で引き分け、しかも0!>

見ての通りです。
2009_05_22_230331_a.jpg

UchinoBlogに当時のことが下記の記事で投稿されておりました。
1000分の1×1000分の1なサラメヤ戦

これはFF11全プレイヤー史上、唯一といっていいほどのレアな事象ではないでしょうか!?ダイスで0(ゼロ)を出す確率は1000分の1です。さらにそこに0(ゼロ)を続けて出す確率は 1000分の1 × 1000分の1 で 100万分の1(0.000001% ) の確率になります。運が良いといえるのか、悪いといえるのか、それすらもわからないぐらいレアな事象に立ち会えたわけであります。



●2009年5月23日
Pandemonium Wardenの討伐に初参加>

Pandemonium Warden(ぱんでもにうむ うぉーでん)の討伐イベントが野良で公募されていたので参加したのですな。

フルアラ以上の人数が集まっていました。
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ただ、残念ながらこの時の討伐は失敗に終わりました。翌年になって全く別の団体が主体で開催された討伐戦に参加することになるのですが、そこで私自身は初討伐に成功することになります。



●2009年5月30日
<相棒のレリック武器が遂に完成>

作られたのは天の村雲でした
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相棒とも相方とも呼べるはっちん(Hatu)のレリック武器が遂に完成しました。彼女が作成を決心してから約9か月ほどの事だったと思われます。ちなみにはっちんは個人的に勝手に認定しているGreatPlayer3人のうちの1人です。



●2009年6月頃
旧貨幣の収集を開始>

はっちんの金策に協力しているうちに、自分自身がレリック武器を作成可能なほど資産が増えていました。ある意味、当然の帰結だったのですがモンクとして残す未取得の装備は、Pandemonium Warden(ぱんでもにうむ うぉーでん)がドロップするシェンロンバグナウか、レリック武器のスファライの2つぐらいでしたので、ひとまずレリック武器を作る決意だけはしました。

んが!

スファライを作ったところでそれを使うかどうかは自身には懐疑的な思いでいました。なにせ純粋な攻撃力としては当時のモンク標準装備と言っていいデストロイヤーと大差がないと言われていた上に、専用WSのファイナルヘヴン夢想阿修羅拳に劣ると言われておりました。

つまり、作ってもプレイスタイルが全く変わらない可能性があったのですな。悩んだ挙句、アポカリプスを視野に入れつつ作るレリック武器の決定は後回しにするという考えのもと、旧貨幣の収集を開始することにしました。

UchinoBlogに当時の記事として下記がありました。
貨幣買取中です!

ひとまず3種買取のシャウトも始めたのがこの頃。どちらを作るかで必要な枚数が貨幣の種類で異なるのですが、そこは買取値段の調節でうまく収まるだろうという想定で始めました。



●2009年7月17日
<リンバスLSの活動が終了>

LSが結成されたのが2006年6月16日でしたから約3年1か月の活動でした。ホマム・ナシラの両方をコンプリートすることができたのもありますが、第2のメインジョブだった青魔道士に活躍の場を与えてくれたりと非常に楽しい活動でした。



●2009年8月9日
エインヘリヤル活動にて地霊の免罪符:胴をゲット>

週1のエインヘリヤルLSでの57回目の活動、LSとして2個目のドロップでついに地霊の免罪符:胴をゲットすることに成功しました。

UchinoBlogの当時の記事が下記にありました。
57回目で

地霊胴とアポカリプスはもはやセット品といった個人的な感覚があったので、これにより作成するレリック武器はアポカリプスにしようという思いが強くなります。

と、同時に資金が潤沢にあったので地霊胴をNQとHQのどちらで解呪しようか迷い始めることとなります。結果を言ってしまうと、この後日バザーで地霊胴HQの呪物「祟られた鎖帷子」を見かけることとなり、そのバザー値段で買い上げることとなりました。

その値段は50Mでした。1度に支払った額としては第1期プレイ(2004年3月~2013年4月)のFF11個人史上においては最高額だった気がします。



●2009年9月20日
<RaExハンターとしてビビアンリングをゲット>

ゲットする約1か月ほど前、過去に何度も返り討ちにあっていたVoluptuous Vivian(ぼらぷちゅあすびびあん)を安定して狩れる方法を確立することに成功して9月はボヤーダ樹にこもって狩り続けていたところ、ついにドロップしたのですな。

UchinoBlogにも下記の通り記事が投稿されていました。
絶好調!

どうやら運気がもの凄く上昇していたようです。



●2009年11月1日
<はっちんがFF11を引退>

当時の相棒とも相方とも言えるプレイヤーだったはっちんがFF11から引退しました。レリック武器の天の村雲を完成させたあたりから燃え尽き症候群的な感じを受けてはいたのですが、リアルを大事にしたいとのことですっぱり引退となりました。

その際、エインヘリヤルLSの運営を数人で引き継ぐこととなり私もその1人でした。裏LSでの例の事件以降、代理リーダーだけはもうやるまいと思っていましたが、さすがにこれは断れないなあと思い引き受けたのでした。

エインヘリヤルLSはその後も順調に活動を続け、アビセア時代に入ってエインヘリヤルのアイテム自体がお役御免となったあたりで円満解散となりました。

さようなら。さようなら。
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UchinoBlogにも下記の通り記事が投稿されていました。
いろいろグッバイ

ちなみにはっちんはその後、アビセア時代に1度だけ約1か月ほど復帰しましたが、その事実を知る人はあまりいなかっただろうと思います。



●2009年11月初め(か10月末ごろ)
<裏LSへ加入>

正確な日時は記録に残っていないのですが、エインヘリヤルLSでの雑談時にレリック武器が話題にあがりまして、私自身の作成状況と証や欠片の取得方法をどう考えているかなどを明かしたのですな。そうしたところ、おぱちんから「うちのLSで取って作っちゃえw」というお誘いを頂きまして、その言葉に甘えることにしたんですな。



●2009年11月23日
サルベージLSの活動が終了>

2007年5月に新規で設立したサルベージLSにて、最後に残っていた希望品の薄金胴35(日数腹当)がめでたくドロップして円満解散となりました。

ちなみに最終的な活動回数は実に249回に達しており、各遺構の突入回数は以下の通りでした。
バフラウ遺構43回 (最後は2008/11/10)
ゼオルム遺構47回 (最後は2009/7/20)
アラパゴ遺構79回 (最後は2009/8/3)
銀海遺構93回 (最後は2009/11/23)

銀海遺構が最多という結果です。薄金胴35の人気も最多でドロップ率が最低に近かったためと思われます。

ちなみにルール的には野良開催を開催するなり応募するなりでパーツを取った場合でも柔軟に希望を変更できる制度を敷いていたので、LS活動以外でサルベージをやっていた人も複数いました。

かく言う私もその1人なので、サルベージへの突入回数は249回どころか300回を超えていたと思われます。
/(^o^)\ ヤリスギ



●2009年12月
<作成するレリック武器が決定>

UchinoBlogに下記の通り記事が投稿されていました。
アポカリプスに決めました

貨幣の事ばかり書いていますが、もっと初歩的なところで準備が完了していないことに後から気づきます。それに対応すべく、加入したばかりの裏LSと被らない形で野良デュナミスを開催するに至る始末でした。

UchinoBlogにも下記の通り記事が投稿されていました。
低いハードルが乗り越えられない人

ちなみにこれに遡ること数か月前から本格的な2垢キャラのジャックを導入していまして、そのジャックの裏ボス撃破フラグ回収や、開催直後に参加者から直接旧貨幣を買い付ける目的もありました。一石三鳥ということですな。



●2010年1月16日
<ついにアポカリプスが完成>

1月は野良で裏ウィンダスや裏ジュノを開催したり積極的に貨幣の買取をした甲斐もあって、最終的には最後の30枚レンタルもおぱちんの仲介により成功し、完成にこぎつけたのがこの日でした。

完成品をくれる場所は行くのに時間がかかる所でした。
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UchinoBlogでいうと当時の下記の記事あたりが該当します。
閑話休題
野良ウィンダス
裏ジュノ踏破で4国クリア
アポカリプス



というわけでアポカリプス作成完了までの振り返りが終了しました。そろそろエンドロールが流れてもおかしくない雰囲気であります。

んが!

「これで終わりじゃないぞよ もうちっとだけ続くんじゃ」



2021/01/30 (土) / 15:48





[復元日記#32] 2005/07/31 04:10 / HOME / 1/28(木) 「★神在月」周回が終了

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