FC2ブログ

«プロフィール»

Astel

Author:Astel
●管理者ページ
●Twitter
●Twilog
Profile
Profile

FF11に関する私的ブログですが閲覧・コメント歓迎です。
パン鯖の時は Astel でした。

<<プレイ期間>>
[第1期] 2004年3月~2013年4月
[第2期] 2014年9月~2015年4月
[第3期] 2019年2月~ 現在

«FC2カウンター»

«ブログ内検索»

«最近のコメント»

«最近のトラックバック»

«最新の記事»

«FF11リンク»

«カテゴリー»

«月別アーカイブ»

«FC2ブログランキング»

Tomorrow Never Dies

FF11の私的なプレイ日記

 »Entries.




というわけでいよいよ最終回となります。

時期としては第2期プレイの2014年9月~2015年4月となります。

ただ、この時期って前回の「FF11個人史を振り返る⑧」までの期間と比べると、残っている記録が極端に少ないのですな。

まず、UchinoBlogに記事が1つも無いのです。これはFF11の存在を思い出したものの、UchinoBlogの存在までは思い出せなかったからだと思われます。

そしてScreenShot(SS)もそんなに撮っていませんでした。そこまで重要な場面がなかったからなのか、単に撮り忘れかは謎ですが、とにかくプレイに関するそういった記録が無かったり、少なかったりするので記憶頼りの話になってきます。


●2014年9月10日
ウェルカムバックキャンペーンで復帰>

これは日にちを特定することができました。ログ取得ソフトが自動で機能し続けていたのでファイルとして日付が残っていたのですな。ウェルカムバックキャンペーンに気づいた理由はスクウェア・エニックスからのEmailでのお知らせだった気がします。

普段だと目を通さずにフィルタリングで自動的にフォルダに振り分けされるだけなのですが、たまたまEmailソフトの見直しをしていた時にこのお知らせメールが目に留まり、FF11の存在を思い出すとともに無料ならばまず入ってみようと思ったのですな。

そしてそのまま第2期プレイとして再開したわけであります。

ただ、再開して間もなく私自身に激震が走ります。金策LSの面々のほぼ9割近くがFF11から去っていることを知りました。具体的に言うと、リーダー以外は2~3人しか残っていませんでした。フルアライアンス規模の人数・キャラクターがいたLSだというのに、私が不在の1年半で何があったというのか・・・。

ついでに言うと、もともと少人数で私しかいない時間が多かったホームLSからも完全に人が居なくなっていました。

それらのLSとは別に、金策LSやホームLSとは別にパールをもらっていた裏LSを母体としていたもう1つのたホームLSには友達含めて人が残っていたのでそのパールをメインに付けてプレイすることにしました。これは本当に幸いなことでした。このLSまで人が居なかったら第2期プレイをしていたかどうかすら怪しいです。



●2014年9月のどこか
<ワープ開放を全面支援してもらえました>

2021年3月現在においても、長期間の休止から復帰したプレイヤーの大半が経験するであろう「ワープ開通の儀」が私にも該当したのですな。FF11用語辞典大先生のHome Point(HP)の項目を読むとHPによるワープ機能が実装されたのは2013年12月11日のバージョンアップだったそうで、まさに課金を止めていた期間ドンピシャの時期に実装されていました。

また、このHPワープだけでなくウェイポイントも全てが未開通という状況でした。このため、本来なら相当「ワープ開通の儀」で苦労するはずだったのですが、復帰したての私に/tellをくれたお友達がいました。その方はIorineさんという方で、パンデモニウム時代はIoriさんというキャラクター名だったと思います。

彼(もしくは彼女)は、私が2009年末から2010年1月にかけて野良で開催していたデュナミスに何回か参加してくれた方で、その後、偶然町でお会いした際に話し込んでフレンド登録していた方で、ちょくちょく雑談する仲だったんですな。

彼曰く、私の開催した野良でのデュナミスが初めての裏への参加だったらしく、その割にスムーズに攻略できて楽しかったので話しかけてくれたところ意気投合した感じだったのです。そして、私が復帰したところをフレンドリストで気づいて/tellをくれた次第でした。

私は復帰の経緯や、復帰後の周囲の状況を話したところ、まずはワープを開放しましょう!ということを提案してくれて、アドゥリン全エリアのHPワープウェイポイント開通の案内役を買って出てくれたのです。

彼は、昔お世話になったお返しがしたいのだと言ってくれました。

嬉しくて涙が出そうになりました。

というわけで、第2期プレイの第1歩であたる「ワープ開通の儀」は滞りなく、最短で終えることが出来たのでした。本当にありがたいことでありました!



●2014年9月のどこか
<所持していた武器のIL119化を完了>

実装時期は不明ですが、レリックウェポンミシックウェポンエンピリアンウェポンのIL119化の強化が実装されていたのですな。私の持っていたアポカリプス<リベレーターウルスラグナも強化でIL119にすることが出来ると知り、すぐに強化を完了しました。

この頃に知ったのですが、拡張データディスク の発売後、約1か月か2か月後に次々と実装されたメナスインスペクターなどで得られるユニクロ装備的な武器群を前に、レリックウェポンミシックウェポンエンピリアンウェポンがゴミのような存在と化した時期があり、それに落胆したプレイヤーの多くがFF11から離れることになったらしいのですな。

俗にアドゥリンショックというらしい?です。私は偶然ながらこれが発生する直前にFF11から別の理由で離れていたので、このショックを経験せずに済んだのですな。経験していたらどういう行動に出ていたかは謎です。

ともあれ、そんな事情も知らないまま強化したばかりのリベレーターを手に、当時のLSで固定活動として行われていたインカージョンにもアタッカー専門として参加させてもらえることになった訳であります。

リベレーターを作成した2013年の1月は、当時まだ機能していた金策LSでレギオンADL(Arch Dynamis Lord)狩りが行われていたので、リベレーターを出す機会があるにはあったのですが、全体装備のやマクロ・動きの調整が未完成という事を理由にあまり、リベレーターで出撃していなかったのですね。

つまり、せっかく作った割にあまり使いこまずにいたのですが、この時にIL119化したリベレーターは、当時ホームLSが主体となって開催されていたインカージョンという最前線コンテンツでアタッカーとして採用されることになり、活躍の場が存分に与えられることになりました。これにより第2期プレイは出だしから楽しくプレイできる環境に恵まれたのでした。

他にもメナスインスペクターも参加できました!
2014_10_09_231106_a.jpg



●2014年11月のどこか
アドゥリンミッションをコンプリート>

復帰してすぐに着手し始めたことの1つにアドゥリンミッションがあります。クエスト・ミッション好きな私がやらないはずはないのであります。ちょうど復帰から2か月程のこの頃にあった2014年11月10日のバージョンアップアドゥリンミッションが完結したのですな。

ほんと、ちょうどいい時期に復帰できたと思います。

集中プレイにより一気にアドゥリンミッションをコンプリートさせたわけであります。



●2014年11月21日
オルンミラトルクが2つ同時にドロップ>

RaExハンターとしての腕は健在でした
2014_11_21_071411.jpg

ちなみにこれが挑戦1回目でした。伊達に物欲センサー回避スキルが青字ではないのです。



●2014年11月24日
モグタブレットを発見>

丁度タブレットが飛んでいく瞬間を激写
2014_11_24_025910.jpg
2014_11_24_025915.jpg

この頃からタラリアを求めてモグタブレットを積極的に探しに行くようになりました。



●2014年末頃
<とあるビッグプロジェクトを開始>

前述のように、私はアドゥリンショックを受けずに済み、その直前まで属していた金策LSで稼いだギルをほぼ温存したたままFF11の課金を止めていました。そして復帰したわけですが、すでにアドゥリンのコンテンツ群は成熟に入っており、エピオラトリーイドリスも実装済みでした。

その一方で、魔導剣士ジョブとしてまだまだ未完成で発展途上の状態だったようでジョブは俗にイーハンと呼ばれるイージスオハンの両方のを持ち、かつブルトガングを持っているナイトが圧倒的に優勢でした。

そしてレベルの高いコンテンツで快適に遊ぶにはこのジョブがあった方が良いと悟ったのですな。それでいて、これまでそうしてきたように新しく出た拡張データディスクで実装された新ジョブは最低1つはきちんと育てて遊びたいという思いがありました。

「ジラートの幻影」においては忍者を、「アトルガンの秘宝」がにおいては青魔道士を、そして「アルタナの神兵」においては学者を上げてしっかりとそのジョブで遊びました。

そういった背景やプレイ方針があり、この頃にとあるビッグプロジェクトをスタートさせたのです。

それはナイトのためにイージスオハン、そしてブルトガングの3つを作成し、さらに2垢のジャック用にヤグルシュを作成するというものでした。さらにさらにエピオラトリーイドリスの両方も作成するという計画でした。当時、これだけのことを可能とするだけのギルを所持していたのですな。

当然、ワークスコールは全くの未着手からのスタートでレジェンドと全ワークスコールのコンプリートを目指し始める必要があり、すぐにこれを着手しました。

またギルさえあれば容易に完成できるイージスを作成し、レベル99まで強化を終えました。同時にオハンを作成するために鋼鉄の鎧板集めを開始したのでした。

このビッグプロジェクトは順調に進んでいたのですが、進行途中で第2期プレイを終えざる絵を得ない状況となり、プロジェクトは第3期プレイに引き継がれることとなったのです。ちなみにその引き継ぎの際にナイトに関わる部分はほぼ停止ということになりました。2021年3月現在の情報でいうと、オハンは出番がないと判断し作成は諦めました。そしてブルトガングは作ったもののLv75のまま未強化で止めているという状況です。

結果的にですが、無駄なことは最小限に抑えつつ第3期プレイにおいてこのビッグプロジェクトがいちおう完結し、それがさらなる飛躍のきっかけとなってくれたので大成功だったといえるでしょう。



●2015年1月10日
Arch Dynamis Lordシーフソロで狩れるようになる>

2個ドロップでまいうー!って感じで何回かやってました
2015_01_10_162616.jpg



●2015年1月26日
<前衛装備を一通り集め終わりました>

この第2期プレイ中は主に暗黒騎士に力を入れていて、その最終装備品の中でメスヨヒホーバーが候補の1つだったのですが、これがドロップする上位ミッションバトルフィールド「★デルクフの塔再び」は当時なかなかの難易度を誇っていてので取るまでに苦労したのですな。

取得に成功した姿がこれであります
2015_01_26_215925_a.jpg

今見るとセンスを疑う姿ですが、当時はロックスタイル機能をよく理解しておらず使いこなしてもいなかったのでありのままの姿でいた結果がこれだったわけです。



●2015年5月14日
<第2期プレイを終了して再び課金を停止>

FF11シリーズ完結の最終ミッションと呼ばれるヴァナ・ディールの星唄の最初の実装が行われた日でした。私はこれのオープニングを見た時、「アルタナの神兵」が完結するまでに約3年の月日が必要だった事実を思い出しました。

さすがに長期間すぎて物語の内容を忘れがちな状況で追加された部分をその都度終わらせていたあの日々のことを思い出したわけです。ちょうどリアルも忙しくなってしまったため、いったん課金を停止して、このヴァナ・ディールの星唄が完結した頃に課金を再開して一気にクリアしようと企んだのですな。

賢い企みだと思うのですが、なんとまたFF11の存在を忘れ続けて思い出すことなく月日は流れ、実際に第3期プレイとして再開できたのは課金停止から約4年後の2019年2月、ヴァナ・ディールの星唄が完結編が実装されたのは2015年11月10日のバージョンアップだったらしいのでそれから約3年と3か月後になって復帰したわけであります。

というか、実装から半年ほどで完結させてくれていたのですね。そうと知っていれば課金停止はしなかったと思います。

(;´Д`)

そして私の物語は「[第3期] 復帰日記」の初投稿である2019年2月2日の投稿「 復帰しました」へとつながっていくわけであります。

以上、長々と続いたFF11個人史の振り返りでした!



2021/03/28 (日) / 14:06





3/28(日) オーメン4回でカード31枚 / HOME / 3/27(土) ガーダとSgli連戦

コメント

 »コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する 

*匿名・悪質な書き込みは予告なく削除することがあります。

 »トラックバック

HOME

Copyright(C) 2019 Tomorrow Never Dies All Rights Reserved.
FF11画像⇒Copyright(C)2002-2019 SQUARE ENIX CO.,LTD.All Rights Reserved
当Blogに記載されている会社名・製品名・システム名などは、各社の登録商標もしくは商標です。